■ 『肥後熊本初代藩主・加藤清正DVD』のご案内

加藤清正公生誕450年・没後400年記念事業の協賛で制作される『肥後熊本初代藩主・加藤清正DVD』のご案内です。

加藤清正DVDチラシ 加藤清正公生誕450年・没後400年記念事業協賛

加藤清正DVD11月発売

日本三大名城の熊本城や虎退治で知られ、熊本県民に「清正公(せいしょこさん)」と呼ばれ親しまれている加藤清正。

その清正公が熊本に入国されてからの生涯、そして、ゆかりのある土地、人物など歴史を深く探っていく番組を現在制作中(今秋、10月全国放送予定)です。

番組では時間に限りがあるため、紹介しきれなかった映像貴重なインタビューを含めたDVDを販売致します。

尾張国愛智郷中村(現名古屋市中村区)に生を受けた清正公が1588年(天正16年)、秀吉に肥後国隈本の北半国を拝領されて入国してから、目まぐるしく波乱万丈の活躍をしています。

また、清正公没(1611年、慶長16年)後、三男忠広公が熊本を21年間統治されました。

その後、加藤家は徳川幕府から豊臣氏恩顧の最有力大名であったため警戒され、1632年(寛永9年)、改易の沙汰があり、忠広公が庄内藩(山形県)預かりとなるなど戦国時代を象徴する出来事でした。それらを偲ばせる遺跡などが山形県庄内の地で数多く発見されています。

山形を訪ねて忠広公と母親が埋葬されたとされる「本住寺」の住職のインタビューを収録。

また清正公の子孫が営む酒蔵「富士醸造元」には商品名「有加藤(ありかとう)」の日本酒が造られ、内蔵の大扉には蛇の目の家紋が刻まれています。

朝鮮出兵の折、佐賀県北部、玄海灘から対馬・韓国を望む名護屋の地に100余名の大名が集結をし、前線基地となった「名護屋城」周辺に今なお残る諸大名の「陣」も紹介。

また、釜山(市立博物館)では東菜城の戦いの絵図や蔚山(ウルサン)に残る倭城「西生浦(ソセンポ)城」や清正公が篭城した蔚山城なども地元ガイドの説明を交えながら紹介します。

朝鮮通信使であった「松雲大師」と清正公が和平会談した内容を記した石碑「松雲大師」が祀られているお寺前日本大使の松雲大師にまつわる興味深いインタビューなども収録しています。



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